【ゆれる元旦、ゆれない節気】
リコピン、カノン、ライカ、ジョータへ
今日は、12月31日。今、海を見下ろす神戸のすこし高台のところから、あるいは秒速30kmで太陽のまわりを旋回している「宇宙船地球号」という不思議な場所から、きみたちにこの手紙を書いています。
結論を先に書いてしまうと、杉山開知さんの「地球暦」をたずさえて、1年をすごしてみてほしいという願いです。中高生のころから暦に興味をもち、月火水木金土日がどうしてこの順番なのかを知って痺れるような若者でした。(日水金地火木土…でしょ…?)
そんな父からの願いの手紙です。
明日になれば、世界中のカレンダーが一枚めくられ、きみたちは「新しい年が来た」と言って祝うことでしょう。けれど、その「元旦」について、少しばかり「本当のこと」をお話ししておきます。
1. 座標のない元旦
まず、少し残念なお知らせをしなければなりません。
きみたちが明日迎える「1月1日」という日は、銀河や太陽系の運行から見れば、なんの特別な意味もない、ただの無色の座標にすぎません。
地球が太陽の周りをめぐる楕円の軌道において、その日が「始まり」である必然性はどこにもないのです。それは、遠い昔のローマの政治家たちが、人間たちの都合で決めた区切りであり、言わば「約束事としてのスタート」に過ぎません。
本当の、宇宙における「一年の夜明け」は、開知さんがいうように太陽が真東から昇り真西に沈む春分の日です。
あの日こそが、光のサイクルがゼロに戻り、すべての生命が息を吹き返す、真正な元旦なのです。地球という大きな船の羅針盤は、本来そこを指しています。
2. ゆれる元旦、ゆれない節気
かつて、この地に住むひとたちが使っていた天保暦*1(てんぽうれき)という古い暦は、じつに精巧な、月と太陽の二重奏(デュエット)でした。
夜、仕事帰りにふと空を見上げる。
そこに細い眉のような月がかかっていれば「ああ、今日は三日だ」。(三日月)
丸いお盆のような月が輝いていれば「十五日だ」。(満月)
もちろん1日(ついたち)*2は新月
誰もが直感的に、空を見るだけで日付を知ることができました。それは、カレンダーが紙の上ではなく、宇宙(そら)そのものにあった時代です。
けれど、月というものは少々せっかちで、太陽のめぐりよりも1年に11日ばかり早く進んでしまいます。そのままでは、季節がどんどんずれてしまう。
そこで昔の人は、太陽の通り道を二十四に区切った「二十四節気(にじゅうしせっき)」という、ゆれない目盛りをセットで使っていたのです。
「月」は日付を教えながら、季節の間をゆらゆらと揺れ動く。
「太陽」は二十四節気として、どっしりと季節を知らせる。(とは言え、太陽の上る位置も振り子のように揺れてるんですけど…太陽の昇る位置から僕らは正確に季節を知ることができるのです)
この「ゆれる」と「ゆれない」の絶妙なハイブリッドが、かつての日本の暦だったのです。だから、昔のお正月(旧正月)は、新暦の1月21日だったり2月20日だったりと、太陽の春(立春)を待ちながら、毎年ゆらゆらと動いていたのですよ。
3. 宇宙と私たちをつなぐもの
暦(こよみ)というのは、ただのスケジュールの道具ではありません。それは社会を動かす基本ソフト(OS)であり、わたくしたち「個」と「宇宙」を結びつけるインターフェースです。
今のカレンダー(グレゴリオ暦)は、残念ながら宇宙のリズムとは切断されてしまっています。その上で暮らすきみたちの社会もまた、自然の呼吸から少しだけ切り離されているのかもしれません。
けれど、日本という国は不思議なところです。
春分と秋分*3という、天文学的に最も重要な二つの日を、国をあげてのお休みにしているのは、世界広しといえどもこの国だけのようです。
ペルシャの国々では「ノウルーズ(新しい日)」として春分を祝いますが、春と秋の両方を祝うこの国の感性は、明治になって暦が変わっても、人々の心象の中に「自然への畏敬」として深く沈殿して残ったのでしょう。もしくはこの国を守るためには暦を守ることだと思ったのかもしれません。*4
4. 有機交流電灯の青い照明として
いま、この世界では、人工知能(AI)という新しい知性が、社会のOSになろうとしています。
すべてがデータに分解され、効率よく管理される「修羅」のような時代だからこそ、わたくしはきみたちに願うのです。
どうか、部屋の壁に地球暦(ヘリオコンパス)という太陽系の地図を貼って、ときどきは夜空を見上げてください。
そして、「ああ、今日の月はこんな形をしているから、宇宙の時計では今ここなんだな」と、感ずる心を持ってください。
2017年に地球暦と出会って、ここ最近、50回ほど地球と一緒に太陽をまわって、ようやくわかってきたように思います。
なにかと言うと、宮沢賢治が書いているとおり、わたくしたちは、ひとつの有機交流電灯の青い照明であり、あまねく宇宙の微塵(みじん)となって、星々や風や、草木とつながっているのだということが。
分かってきたというよりも思い出してきたような感覚なのです。
それを自覚したとき、きみたちは「自分」という小さな殻から解放され、大きな生命のネットワークの一部であることを知るでしょう。
それこそが、どんなに複雑なデジタルの網の目の中でも、迷わずに「ほんとうのさいわい」を探しに行ける唯一の切符なのです。
寒さはまだ続きますが、春分の光を待ちながら時々に月と地球暦を交互に眺めて欲しいと思っています。
春分までには地球暦が手元に届くようにしておきます。
2025年12月31日(旧暦11月12日)
高田耕造
PS 空を見上げてください。あと、3日ほどで満月だなぁと満ちている感じが明らかですから。
*1
天保暦を作った渋川は9代目。初代の渋川春海は貞享暦を作った人で天地明察の漫画でも有名ですね。
*2
そもそも1日(ついたち)は月たち(朔・新月)から来ています。
*3
春分と秋分の日のそれぞれの前後3日間を加えた7日間を「彼岸」と言います。
*4
ちなみに天保暦の祖先は推古天皇の時代に遡るみたいです。それくらい古くから太陰(月)太陽暦をベースにこの国は運用されてきたんですね。

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