AI時代の新しい学び

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リコピン、カノン、ライカ、ジョータへ #2

「Learning About」から「Learning Through」へ

梅雨ですね。島根も神戸も東京も雨ですね。今日もずいぶんと降りました。関西スーパーに買い物行ったときは小康状態で助かりました。そんな日ですが、2本目の手紙を書いておこうと思います。(かなり長いです…笑)
リコピンには前と同じように印刷して送ろうと思います。

【はじめに】
「インターネットで何でも答えが見つかる今、勉強する意味ってあるの?」――そんなこと思ったことあるかな?調べたいことがあれば即座に検索できて、ChatGPT(AI・人工知能)に質問すれば詳しく、お父さんよりも分かりやすい解説まで返ってくる時代です…^^;

教科書の知識を暗記するより、検索して済ませた方が早い場面も多いでしょう。実際、知識を覚えたり整理したりする従来型(特に昭和生まれのお父さんたちの時代)の勉強は、もはやAIの方が得意かもしれません。(蛇足ですけど、「昭和」って響きはお父さんたちにとっての明治や大正って感じなんだろうなぁ・・・)

こんな時代に、人間に残された「学ぶ意味」って何?!そしてAI時代に人間らしく成長するために、これから何をどう学べばいいのかな・・・そんな風に思うことある?

キーワードは「Learning About」から「Learning Through」へ。英語で書くと難しそうだけど、要するに「知識を学ぶ(Learning About)」から「体験を通して学ぶ(Learning Through)」へのシフトです。知識を頭に詰め込む学び(Learning About)だけではなく、実際にやってみたり感じたりする学び(Learning Through)がこれからますます大切になると思います。ちょっと難しく聞こえるかもしれないけど大丈夫。これからゆっくり説明していくね。予測される未来の学び方について、たぶんこんな感じだろうなってことを書いおきます。いつかタイミングが来たら、予測とどれだけ離れてたか振り返ってみてください。

【体験の大切さ】
~「知っている」と「わかる」は違う

まず強調したいのは、「体験から学ぶこと」の大切さです。誰でも、ただ本で読んだり授業で聞いただけではピンと来なかったのに、自分でやってみたら初めて「そういうことか!」と腑に落ちた経験があるんぢゃないかな。カノンは自由学園から帰ってきた初の夏休み、こう言っていました。

「知識的に分かるのもいいんだけどさ、自由学園きてからさ、ちゃんと体験してさ、分かることが増えててさ」

自転車の乗り方を想像してみて。教科書でバランスの取り方を勉強するより、実際に乗ってみて何度か転びながらコツをつかむ方がずっと早く上達するよね。(あ、でもみんなの時代はストライダーだからそもそも補助輪を使うこともなかったし、ストライダーから、転ぶ経験なく、自転車に移行したね・・・。)

料理だって、本でレシピを暗記するより実際に作ってみる方が「次はもう少し塩を減らそう」と具体的な学びが得られるもんです。(あ、でもライカはTikTok見ての初の茶碗蒸しが激ウマだったね…。例に出して共感してもらうのが難しいくらい変化が激しい時代なのかもね)

こんな風(って書きながら毎度前言撤回してる…)に、「知っていること」と「実際にできる・わかること」は違います。(あ、いやもはや「知ること」即「体験」って感じの幕開けをデジタルネイチャーって呼んでるんでしたっけ⁈「魔法の世紀」の完成までの移行期には次のような学びが必要なんじゃないかとお父さんは考えてるのかもねって感じで読んでもらうと良いかな)

机の上で本を読むだけでは得られない深い理解は、やはり自分の体を動かし五感で感じる体験から生まれます。ただ知識を丸暗記するだけぢゃ、意味がないんです。大事なのは【ちゃんと】理解すること。【ちゃんと】ってのは自分で問いを立て、試行錯誤し、五感と感情もフル動員して世界と関わってみることだね。有難いことに今は、退屈な作業や膨大な情報整理なんかはAIが手伝ってくれます。だから僕らは、もっとのびのびと身体を使って学んだり、クリエイティブに遊んだりする余地が広がるはずです。

たとえば理科で植物の生態を学ぶとき、教科書の知識をテストで覚えるだけではもったいないよね。近所の公園に出かけて季節ごとに違う草花を観察したり、プランターで植物を育ててみたりすると、「同じ種でもこんなに成長に差が出るんだ!」とか「毎日水をあげると嬉しそうに葉っぱが開くな」なんて、新しい発見があるよね。そんな体験を通じて得た実感は、単なる知識よりずっと心に残るし、自分なりの疑問や興味も湧いてきます。「どうして日陰の植物は背が高く伸びるんだろう?」と疑問に思えば、それを調べたり実験したりする中で、深い学びに繋がるね。

【マタギドライヴ的な学び】
~「授かる」モードとして生き方

AI時代における新しい学び方のヒントとして、「マタギドライヴ」というユニークな考え方があります。これは前に書いた落合陽一さんが提唱しているもので、簡単に言えば「狩人」のように生きようというイメージ。マタギというのは東北地方の山で狩りをしてきた伝統的な猟師(狩猟民)のこと。山中でマタギは獲物を追い求めますが、相手は生き物、自然が舞台だから計画通りにはいきません。天候や動物の気まぐれ、いろんな偶然も含めて山と対話しながら、柔軟に狩りの方法を変えていく――そんなマタギのように、予測不能な変化をポジティブに受け入れて柔軟に対応する力が「マタギドライヴ」的な学びを含む生き方の姿勢なんだね。

落合さんによれば、現代を生きる私たちもマタギのように運や偶然を「まぁそれも含めて人生のうち!」と楽しみ、変化に対応する力を養おうというのです。効率だけを追い求めて常に安全な道ばかり選んでいると、新しい発見はなかなか生まれないと思います。ときにはリスクや無駄に思える寄り道も受け入れてみる。そうしたハプニングの中でこそ、思いがけない価値が生まれるかもしれないからです。カノンが自由学園に行ったのも「準備ができていない」段階だったでしょ?

そういえば、ネットで調べものをしていて、いつの間にか全然関係ない面白い情報に行き当たって夢中で読みふけってしまった…なんて経験はあるでしょ?(みんなの場合はネットサーフィンよりもYouTubeを見続ける感じかな…)本来の目的を忘れて「しまった時間が経ってる!…でも面白かったからいっか!」となったこと、一度はあるかもしれませんね。あれもある意味、狩人のように知の森をさまよった学びの寄り道です。(違うか…最近はアルゴリズムで離れられないようにしてるともいうし…)効率だけ見れば無駄に思えるかもしれませんが、実はそういう「脱線」や「寄り道」、「道草」から人生の豊かさや新しいアイデアが生まれることが結構あるんです。

AIが高度な計算や検索を引き受けてくれるこれからの時代、みんなにはもっと好奇心の赴くままに知の冒険をする余地が生まれます。事前に決められたレールの上を進むような勉強だけでなく、自分で「面白そう!」と思った方向へどんどん探究するといいよ。まるで森の中でキノコを探していたら珍しい花を見つけた…なんて冒険のように、ネットや本の中でも思わぬ発見の連続です。こうした狩猟採集的な学びこそ、AI時代に人間が身につけたい力だというのが落合さんの主張だと思いました。実際、AIによる知識労働の自動化が進めば、私たちはデスクに縛られた従来の勉強から解放され、代わりに未知の状況に適応するスキルがますます重要になっていくよね。論理や計算だけでなく自分の直感や身体の感覚も大事にして、「今ここ」での生きた経験こそが学びの中心だという価値観が広がっていくはずです。

【多種共生の視点】
~人間だけが先生じゃない

では、「Learning Through」をさらに広げるとどうなるでしょうか。答えは、人間以外のあらゆる生命を含めた世界全体から学ぶという視点です。AI時代の学びを考えるとき、大事なのは人間中心主義を少し手放してみることかもね。これまでの大人、人間こそが特別で一番賢い存在だと思いがち。でも自然の中で暮らしてみると、動物たちや植物、さらにはコンピューターだってそれぞれにユニークな知恵を持っていることに気づきます。「ポストヒューマン」的視点なんて言うと難しいですが、要は人間だけが特別な存在ではないと認めることです。人間は決してひとりでは生きられません。自然とテクノロジーに心を開いて、謙虚な「弱い自分」でいるとき、逆に世界と調和した不思議な強さが得られることもあるんぢゃないかな。

学びも同じ。全部を「自分ひとりで理解してやる!」と意気込むより、周りの環境や他の生き物、テクノロジーとのつながりの中で学ぶとき、意外な力が引き出される。たとえば森の中では木々が季節の移ろいを教えてくれるし、犬や猫と触れ合えば彼らの感情やコミュニケーションの取り方から学ぶことができる、文ちゃんみたいに。AIだって上手に使えば、難しい問題を解くヒントをくれたり、新しいアイデアを一緒に考えてくれたりするでしょう。教室だけが学びの場じゃないし、人間だけが先生でもありません。世界そのものが大きな学校であり、そこに生きるあらゆる存在が先生というか、対話の相手になる。

こうした視点を持つと、「共に生き、共に学ぶ」という感覚が芽生えてきます(ってお父さんを含んだ大人に言い聞かせています笑。きっと若い君たちはよく理解している)

たとえば学校で環境問題について学ぶだけでなく、実際に森のボランティアに参加して土に触れてみる。すると机上の知識では見えなかった生態系のつながりや、人間活動が他の生き物に与える影響を肌で感じるでしょう。三森さんとの出逢いでそのあたりは感覚的に分かるよね?

植物を守るには虫や鳥も必要で、虫や鳥を守るには森全体の環境が健全でなくてはならない…そんな多種共生のリアルな姿が見えてくるよね。知識を頭で理解するだけではなく、実際に体験しながら「自分もその一部なんだ」と実感することが大切だよね。

AI時代の学びの究極の姿は、「様々な生命と共に生きる道を探ること」なのかもね。人間だけが特別ではないってことを認め、感じ、学ぶことができれば、きっと今までにない新しい知恵が生まれるように思います。それは動物や自然とだけではありません。AIともただの道具として接するのではなく、対話すべきパートナーとして関わることで、お互いに学び合えるかもしれません。未来の教室では、人間の先生とAIの先生が一緒に授業をしたり、生徒が自然の中で植物や虫から学んだりする光景が当たり前になっているのかもしれませんね。

「学びのヒント】
~今日からできること

ここまで書いてきたように、AI時代には「Learning Through」=体験を通じた学びが鍵です。具体的にどんな工夫ができるかな。いくつかヒントやアイデアを。いつも言ってることだけれども…

・五感をフル活用:
勉強に行き詰まったら、教科書を読むだけでなく身体を動かそう。散歩しながら勉強できる時代だしね。英単語を覚えるなら声に出して発音したり、単語に合わせてジェスチャーしてみると記憶に残りやすくなるように身体と五感を使うことで、頭の中だけで考えるより深く理解できます。体験と知識が結びつくのも行動して五感を使うから。

・デジタルとリアルのバランス:
オンラインで世界中の情報にアクセスできるのは素晴らしいんだけど、可能な限りリアルな体験に飛び込んでみて。興味のあるテーマについて、本やネットだけでなく実物に触れてね。宇宙が好きなら夜に星空を眺めに行ってみて。お父さんは熱いココアを魔法瓶に詰めて小学校のグラウンドまで星を見に行ったこともあります。科学が好きなら科学館で展示に触れてみる、美術に興味があるなら実際に美術館に行って本物の作品を見てみる。VRや動画では得られない「わぁ、本当にこんな匂いがするんだ」「空気感が全然違う!」という発見があります。それに、そうした生の体験はネットで誰かが語った知識よりも、自分だけの物語として心に残る宝物になるよ。ちなみに、小6のときにアマチュア無線の免許を取ってKENWOODの無線機を買ってもらってJJ6JFEというコールサインで無線局を開局してたよ。地元の許斐山に登って対馬の人と交信したこともあります。

・仲間と学ぶ:
一人で黙々と勉強するだけでなく、周りの人や環境とともに学んでみてください。友達同士で教え合ったり議論したりすると、新しい視点が得られて理解が深まります。「え、そんな風に考えたことなかった!」という気づきは、対話の中で生まれます。また年上の人から昔の話を聞いたり、ワークショップに参加したりするのも刺激になるよ。岡本家みたいに人間以外から学ぶことも大切。愛真や自由学園で聞こえてくる鳥のさえずりから「今こんな風に感じているのかな?」と想像してみると、生き物の見方が変わるかもね。庭や公園の木々や花も、四季の変化や天気によって姿を変えるよね。解説には三森さんに同伴してもらいたいけど…笑。AIも上手に使えば素晴らしい先生になります。調べものをするときにChatGPTのようなAIに質問してみたり、翻訳や計算を助けてもらったりすれば、人間はその先の「じゃあこの情報をどう使おう?」といった妄想にも似た時間に使えるね。

・失敗や寄り道を恐れない:
学校のテストでは間違えると減点されてしまいますが、実際の学びでは失敗は貴重な経験。うまくいかなかった方法は「じゃあ次は別のやり方を試してみよう」というヒントになりますし、寄り道のおかげで思いもよらないアイデアに出会えることもあるよ。テスト勉強中につい別のことに夢中になっちゃった…そんな経験も無駄ではない。それで興味の幅が広がったり、後で「あの知識が役に立った!」となることだって大いにあります。勉強でも人生でも、一本道で正解だけを求める必要はない。寄り道・道草万歳!

【おわりに】
~「学び」を楽しもう!
AI時代の学びのあり方として、「Learning About」から「Learning Through」へというテーマで書いてきました。知識をただ覚えるだけでなく、身体を使った体験を通じて学ぶこと、そして人間以外も含めた多様ないのちから学ぶことが大事だということは、たぶんお父さんたちの世代に比べると実感として分かってると思うので今更かもね。

・AIはこれからも進化し、私たちの勉強や仕事をどんどん助けてくれると思います。だから、人間にしかできない学び方――五感や創造力、他者との共感、自然との対話など――を取り戻して伸ばしていくチャンス。これまではずいぶんと座学に偏っちゃったね。静かに机に向かっているだけでは味わえない 「生きた学び」 を、自分の足で世界と関わりながら旅しながら獲得してもらいたいです。父としては、みんなが高校を卒業したらすぐに大学には行かずに、一、二年旅をしてもらいたいと思ってます笑

・インターネットが知識の大海原を開き、AIが頼れる相棒になった今、学び方を再発明するチャンスが来たように父は感じてます。これまで人類が培ってきた「身体で学ぶ力」と、新しく拓かれる「ポストヒューマンな知恵=生きとし生けるものとのと一緒に生きていくこと」を掛け合わせて、AI時代も思い切り学びを楽しんでいきたいよね。ずいぶんと長いこと地球を無限にも思える資源(材料・リソース)として見てしまったから、なかなか困難な道だけど…

・最後にひとつ。もしAIが宿題や雑務を手伝ってくれて時間ができたら、そのときはぜひ外に出て自然の中を歩いてください。カノンの場合はスマホをポケットにしまい(リコピンは持ってないけど…)、風の音や土の匂いを感じながらぶらぶらしてみてください。びっくりするほど頭がスッキリして、新しいアイデアがふっと浮かんでくると思うよ。木漏れ日の中で得た小さな気づきが、明日からの学びを変えるヒントになるかも?人生という冒険の中で、学びの種はそこかしこに転がっています、きっと。心配せずに手を伸ばして、その種を拾ってみてね。どんな花が咲くのか、楽しみ。

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