38期の夕会ノートから

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夕会の様子をお伝えしたいと考え、本人の承諾をもらい、一部掲載させていただきます。

「愛する人たち、わたしはあなたがたに二度目の手紙を書いていますが、それは、これらの手紙によってあなたがたの記憶を呼び起こして、純真な心を奮い立たせたいからです。」
聖書:第二ペテロ3章1節

愛真に来て約1ヶ月が経ちました。

一日はすごく短いのに1週間で見ると体感的に1ヶ月に感じます。

私は最近よく考えるなぜ愛真に入学したのか?讃美歌を歌うときや沈黙の時間など、一年前の自分では想像できない自分だと思う。なぜなら、前の私は制服を着てメイクをして放課後友達と遊んで、これが私の理想としていた、憧れのキラキラしたJKだったからだ。

しかし、中学3年生になり、以前よりも自分と向き合わなければいけないことが増えた。学校でも、家でも自分と向き合って進路を考えてと何度も言われた。自分と向き合うって何?そんな疑問から刻々と時間が過ぎていった。

地元の高校でいいなぁと思う場所が見つかった。目標が決まって嬉しかった。苦手だった勉強も楽しくなった。夏休みに受けた模試、結果は少しずつだけど伸びていて。嬉しかった。モチベが一段と上がっていた。そんなとき、塾の帰りに同級生に会い、進路の話になった。

すると、「そこを受けるの?」「友達が楽しくないって言ってた。」「あなたには無理だよ」。そんな言葉がきっかけで自分って、できないんだと思うようになり、全部が楽しくなくなった。テストの点数が下がった。

なんで勉強しているんだろう。いろんな感情が混ざり合って、いつの間にか自分と向き合う自分の声を聞くことから逃げて、ついに心に穴があいた。その時の自分は、悲しいとか、そんな感情がわからなくなって、そんな弱った姿を見せたくなくて、自分を強く見せようと、ひどいことを言っては泣いての繰り返しだった。

受験も終盤になり、進路に悩んでいたとき、愛真の見学に行ってみないと言われた。急遽行くことになり、あまり乗り気ではなかったけど、行ってみることにした。その日はお餅つきで午前中が終わった後、中央廊下の人がテラスで輪になってギターを弾きながらニコニコで歌っている姿を見て、前に理想としていたキラキラとは別のキラキラした感じがあった。

何か言葉では表せない感情が動き、それをきっかけに愛真生と話すようになり、温かい気持ちをお裾分けしてもらい、心の穴が埋まっていく感じがした。他の子に比べてとても短い。たった半日の出来事で決めるなんて、自分でも驚いたんだけど、それだけで決められるぐらい、当時の私にとっては必要としている何かがギュツと詰まっている。場所だと感じたから、私は今ここで夕会ノートを読んでいる。

これから私を動かした、その何かを見つけていきたい。
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リコピンがこんな文章を書くなんてこれまでは想像できませんでした。話すことは得意だけれど、本を読むことが苦手で…。

プレゼントした「10代からの文章レッスン」を助けにしているのかな?と思ったり。

愛真通信(407号)において校長先生の栗栖達郎先生が下記のように書かれていました。

「本当に大切なことは教えらたり、本で学んだりして分かることはできないのです。学んだこと考えたことを、実行しながら分かっていくことなのではないでしょうか。愛真高校の生活にも通ずるところがあると思います。」

作物を育て、収穫し、調理し、配膳し、祈り、食べ、対話し、排泄し、肥え汲みをし、畑に撒き、そしてまた種や苗が育つのを待ち、時間の経過とともにまた収穫する。愛真の立つ山とリコピンとの境界が少しずつ溶けていき輪郭がぼんやりしていくことは喜びなんだと思います。

リコピンの文章を読んでいて「心に穴があい」て良かったなと思いました。心は風のようであったというギリシアの神話の時代のようでもあり、風が吹き抜ける多孔的な自己との出逢いだったのかもしれないなぁと読みながら満たされている自分がいました。

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